葬儀は色々お世話になったが、色々疲れることだった

man in black jacket standing in front of grave
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あのあと余震もなく、日差しの明るい朝だった。母の葬儀は気持ちの良い天気で行えそうだ。

朝食を終え、家族で朝ホテルからバスで葬儀場に向かう。相変わらず誰が乗るかはバスの運転手は知らず、私達も誰が来るかは聞いているが、誰がバスに乗るかは聞いていない。結局みんな車できてたため私達家族だけがバスに乗った。

バスは実家に向い、すでに集まってる家族を乗せて、向かう。

午前中は葬儀参列者へのご挨拶が中心で午後から告別式が始まった。
葬儀は同じく神式で、見た限りは通夜と同じ内容だった。多分神式では本来ない儀式なんだろうと思う。

その後納骨。いろいろあってどこかで話すことになるだろうが、初めて墓石に納骨をした。

その後戻ってご挨拶。本来会食だが、コロナ禍もありお弁当を持ち帰ることになった。簡単にご挨拶をした。
母の元気だった頃の日常の話、母が大事に守ってきた会社を社員の皆様はますます発展させてほしいとお願いをした。

私の立場からすると、積極的に関わることもできず、一方で突き放したいわけでもない微妙な立ち位置にはなってしまうが本心からそう思っている。

葬儀が終わってからホテルに戻る。葬儀は大した労働ではない。葬儀委員長を行った蛭田取締役に任せてるからそうとう楽をさせてもらっている。

でも疲れた。帰って豪勢すぎるお弁当を食べたあと、眠いとも疲れたともつかないが、コートを着て横になった。和室でまだ布団が敷かれていなかったためだ。

みんなそれぞれ時間を潰し小一時間。起きたら夕方だった。中途半端な時間にご飯を食べ、中途半端にお腹いっぱいのなか、有志の妻長男私でAEONに向かった。

タクシーで向井、AEONで時間をつぶす。大して買いたいものもないが、妻が気を紛らわせてくれたことは感謝している。いろいろ気苦労と疲れがあったようだ。父からは繰り返し会社のことには口を出さないよう、言い渡された。役員を降りてるから口出しすることもないが、でもどうしても関わってほしくない様子だった。

父の会社だから、好きにするべき。しかしその後に残された社員と家族のことを考えると何かしなければいけないが何もできないという状態が10年続いている。40年変わらなかったから変わらないのだろうが・・・。

戻って、晩ごはんも食べず適当に済ませて寝た。何も動く気に慣れない1日だった。

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カテゴリー: 05family

作成者: ejtter

Born in Fukushima, working as web analytics consultant since 2000.

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