48歳になった自分が24歳の自分へ

48歳になった。みなさまお誕生日のお祝いメッセージありがとうございます。

年齢を半分にすると24歳。

24歳の自分に対して、48歳になると思うことを伝えておけば、いま20代の人の役に立つかも知れないとふと思ったので書いてみる。

自分がやろうと思ったことを追いかけることは良いことだ

やろうと思ったことをやればよくて、あれをしなければこれをしなければということの殆どは幻想だったり、実は対して重要ではなかった。

やろうと思うことができずやらなければいけないことをやることで行動が起こせなくなったり、他に逃避したくなるのだが、そういう世界で自分の思うことを行うことが、生きるということだ。

誰かのためなんてオブラートはいらない

あるアーティストが言ってた言葉だが、徹底的に利己的になるか、徹底的に利他的になるかどっちかだ。どっちでもいいが中途半端はだめだ、といっていた。

自分がやりたいなら誰かのためにやればいい。やりたくないなら自分のためにやればいい。やりたくもないのに人のためになんてやることは一切必要ない。

たくさんケンカしてたくさん仲直りしよう

いろいろ違うと思えば意見しよう。それでぶつかっても構わなくて、その後でそんなことなかったかのように、仲直りしたり、つながるべき事があればつながろう。

過去を引きずるメリットはないし、それで相手が変わらなければ、そのときその人の視野の狭さを残念がって、放棄すればいい

ただ、交渉は止めない。席を立つと、そこで関係が切れる。だからどんなに険悪でも席は立たないでおこう。

何が役立つかなんてわからないから柔軟さが最も大事

何をしたいかは決めたら進めばいいが、どうやってするかなんて誰もわからない。私は中小企業を元気にしたくて、教育するようになるとは思わなかった。だから柔軟さが最大のちからだ。柔軟さを失わないように仕様。

大人になんてなっていない

いままでもこれからも大人になっていない。大人のフリは上手になっても。大人になる必要もない。

子供らしさを失う必要はないから、そのまま恥ずかしがらず子供っぽく生きていい

チャレンジしてもしすぎることはない

チャレンジしなくて後悔はあってもチャレンジしすぎて後悔はない。前へ進もう。それで怪我しても大したことはない。

期待と不安は最大の幸福

何かを始めるときに期待もいっぱいだが不安もいっぱい。それは何をするときもおきる。

だけど、その峠を超えると、楽になり、自由にできるようになる。そうすると最初のワクワクや楽しさが減ってくる。

人生は期待と不安を超えることにある。あなたがいま期待や不安がるということは、あとで体験できる幸せの予兆だ。

期待と不安を再び追い求めるようになる

だから期待や不安を超えればさらなる期待や不安を求める。そうやって成長し、歩んだ道を振り返ると自分の成長と周りの幸せを感じることができる。

自分の昔を丁寧に説明することが大事になった

だから今を生きよう。今を自分らしく生きよう。その場の困難や障害に負けずに自分らしく立って歩めば、それが自分の生き様になる。だから後で自分のことを話すときに、自分らしい生き方を選べばいい。

子供の頃の思い、自分のしたかったことは、いろいろな色にまみれていく。そのうち、どれが自分のしたかったことかわからなくなってくる。だから、自分の昔を丁寧に振り返って、ほんとうに自分が何をしたいのか、何をできるのか、何を変えるのか考えることが年を追うごとに必要になる。

もちろんやらなくても年は取れる。でも年を追うごとに本当はもっと自分を変化させることができるようになるんだ。変化點せなくても生きていけるけど、変化させることができる可能性が年を追うごとに高まっていくのだ。

だから、変えていくことだ。年を取れば問うほど、すくなくとも48歳のいまのところは、今までで一番自分を変えられるよ。

作成者: ejtter

Born in Fukushima, working as web analytics consultant since 2000.

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