解析新書 Table Anatomy

堅牢性よりも柔軟性

先日、テキストのまえがきに書こうと思ったことを個人ブログに書いたが、やはり適切ではないと思い、削除した。

書いたことは本心だけど、やはり「言い方」はある。そしてどう否定しても私は代表で民間資格だとしても社団法人の代表理事で意見が影響を及ぼす。

そもそも私の自らを戒めるスタンスが周りに迷惑をかけていることを自覚しなければいけない。

前に書いた「謙虚になると正しく力がはいる」のとおり、あまり自分を大きく見せることをしないし、するとろくなことがないと思っている。苦手なのだ。

そして私は自分の力を、人にも自分自身にもないという前提で行動している。
それがやる気がない、というように捉えられてしまうことがある。

今回を最後の自分が主導する改定にしようと思ったのも事実で、その覚悟で行動してきた。でもそれはやりたくない、とかではなく、自分以外の力をもっと活かそうという意思表示のつもりだった。

私が主導しないということは、放り出す、という意味ではなく「みんな」がつくり、役に立つものにするというチャレンジだ。まあ1年後ぐらいに復活させてもいいかもしれないね。1年後にウェブ解析士協会やカリキュラムがどう変わるか見てもらえば、このメッセージの真意も伝わるかもしれない。

でも私を信頼している人からやめてしまうのか、なんて思われるのも本意ではない。だが、そう捉えられてしまうということを複数の人から言われた。そりゃ違うからちゃんと違うといわなきゃいけないな、だったら誤解招くなら一旦取り下げたほうがいいな、ということになった。

これからも私が全部やれるとは思ってないし、多分そんな期待も周りはしていないだろう。このウェブ解析士協会だってウェブ解析士のコミュティだって別に盤石でも安泰でもなんでもない。

なんていうとまた誤解を招くかもしれないが、先程と同じように盤石で安泰である、という前提で行動するとろくなことがない、と思っている。それはどんな大企業でも国でも盤石でも安泰でもないと思っているのと同じだ。

私達は社会や顧客に貢献し、仕事で成果をあげ、ユーザーを喜ばせなければ存在価値はなく、そういう意思がある人のあつまりではないとその組織でも意味がない。それを人に強制することはできなく、自らの意思で動いていただくしか答えはない。

組織も人も常に変わる。安定なんて存在しない。不安定であることを自覚し、安定にしようとするベクトルでしか安定は生まれない。だから不安定であることを関係者には自覚していただきたいし、正しいベクトルで進むようにしていきたい。それには足を生やし、杭を打つ堅牢性よりも、傾いたらもとに戻せるリカバリーしやすい柔軟性を大事にしたい。

ともかく、たまにひどく誤解されることがあるし、その誤解があると、その誤解を解くことができず、どんどん溝が広がることがある。その処し方は私の一つのチャレンジなのだろうな。

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