店舗のコロナ対策は義務ではなく権利にならないの?

最近はいったトイレで「ふたをしないとウイルスが拡散します」とあった。
流す前のわたしのに、もしかしたらコロナウイルスが含まれてるかもしれないけど、それってすごいことだ。
消化器官を通っても生き残りつづけるウイルスがあるか、私の大腸以下がウイルスだらけであるということになる。そんな荒唐無稽なことも受け入れなきゃいけない状況で、今年に入ってCOVIT-19あるいはコロナによって、大きな打撃を全産業でうけている。

私は医者でも健康に関わる研究者でもない。その前提で以下の内容を見てほしい。

この状況では何もわからないから、何も強制できない。

潜伏期間が分からない
症状も分からない
病原菌もわからない
検査も正しいか分からない
感染経路もわからない
自分が感染してるかもわからない
これってなあに?

これ、なぞなぞだったら答えは「そんな病気ない」だろう。そのぐらい未定のことが多すぎる。
検査をすると歌舞伎町が槍玉に上がる。でもその検査意味あるの?と思う。
コロナの死因はどのぐらいまちがいないのだろうか?死因って心臓が止まることなんだろうけど、何が原因って難しい中、検査で反応があったから、とかもともと心肺に懸念があった人はカウントしていないのかな?という疑問もある。

曖昧な根拠ばかりの中で、とりあえず自主防衛するしかないのだが、それは正しいとして、それ以上の自粛、店舗の距離なり営業時間なりの制約は避けたほうがよくないだろうか。

私はこんな不確かなことをサービス提供者に義務付けることが理不尽だと思う。

お店の予防義務の徹底ではなく、お客様の自己防衛の権利を保証することが店舗の役割にしたほうがいいと思う。

自分がサニタイザーとマスクをもって、好きな買い物でも飲食でもすればよくて、飲食店はお客様が希望するスタイルでサービスをする。外で食べたければ外。アルコールで消毒したかったら好きにしてもらう。心配だから自宅でディナーするからテイクアウトする、というようなお客様の権利を守ることが役割であって、どのようなスタイルでサービスを利用できるのか明記し、その範囲で適切なサービスを提供する、あとは各自選んでくれ、でいいと思う。

つまり、コロナの災難が数年続くなら、サービス提供者はできる範囲でお客様が希望するサービスは選べるようにするだけでいいと思う。そのお手伝いをすればいいと思う。

投稿日:
カテゴリー: thinking

作成者: ejtter

Born in Fukushima, working as web analytics consultant since 2000.

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