解析新書 Table Anatomy

螢雪ゼミナールを思い出した

いわきに戻って、会食後朝起きてふと中学生の頃通った塾を思い出した。いま、私がここにいるのはこの塾のおかげだといっていい。

私は子供の頃から座学が苦手だった。ずっと座って人の話を聞くというのができなかった「多動」と今なら呼ばれたかもしれない。おかげで小学校4年生までは落ちこぼれだった。先生の話を聞いていないので差されても何をしてるか答えられない。おまけに忘れ物も(今でも)相当多いので、完全に駄目な子供だった。

だから学習は塾だった。いくつかの塾に通ったのだが、その中でも私にとってよかったのは、螢雪ゼミナールだった。「螢雪時代」とは関係はないけど、当時この名前にしたら塾生があつまったと先生は言っていた(笑)。

この塾は寺子屋に近いシステムだった。何日でも何時間でも塾に行けて、問題集は使い放題。問題集を解いて先生に見せると○をつけてくれて、分からないところを教えてくれる。ときたま先生が講義をする(時間割があったのだろうけど、いきなりはじまる感じだった)。その時は座学。月謝は固定。私は学校から帰るとこの塾に夜までいて、先生といっしょに出前をとって、晩ごはんをたべて、自転車で自宅まで帰っていた。

両親は失礼ながら「相当変わった先生だが優秀らしい」言っていた。先程伝えたような実にフランクな先生で、私が通ってるころは「インドに行ってみたい」と口癖のように言ってた。全然プライドの高いところは見せない方だったが、実は早稲田大学からケンブリッヂ大学で学位をとってる、イギリス英語を流暢に話す先生だった。

当時いわきの学力は全国からみても相当低かった。その地域にいながら、わたしはこの塾に通って学力をつけていた。東京の高校受験を目指してから2ヶ月しかなかったが、それで海城高校、桐蔭学園(理数)、市川高校あとなんだっけ?とか合格したのはこの塾で自分のペースにて学べたからだと思う。

しかしおとなになってから塾のあたりを通っても塾はなかった。どうしてるかな?と思い、調べてみたら、螢雪ゼミナールは健在だった。以前より田舎の方に移転し、宿泊もできる施設になっているようだ。いろいろ課題を抱えている学生への教育も相当ちからをいれているようだ。個人的にはとてもおすすめな塾だ。今度私も久しぶりのご挨拶に伺おうと思う。

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