就職活動再開

そうしてコンピュータールームで働いている彼と話をした。彼は他のメーカーも引き続き受けていたが芳しい結果にならなかった。富士通ではアポロ13に乗ってたらどうするかというグループワークで全く結果が出せずに落ちていた。彼は富士通のサーバとPCを使ってサーバールームを作っててもアポロで落ちるとは。

そして私は自分の言葉に乗っ取られていた。

私は当初実家の会社を継ぐことを隠すために「地方中小企業が活躍できる社会を作る」ことをメッセージにしてた。

その言葉を多くの企業や人事担当者やOBが共感してくれた。私1人の狭いゆめではなく、もっといろんな人が実現したいことなのだと知ることができた。

私の中でその言葉が膨らんでいた。私がこれからやりたいことが実家を継ぐことから地方中小企業を元気にすることに変わっていた。

内定を辞退した多くの企業担当者のことを考えても、私は無碍にしたくなかった。そういう仕事をすることが私が使命だと勝手に思ってた。今考えれば学生口説く言葉だからそこまで真剣になる必要はなかっったかもしれない。

もう一度NTTの人事部長に会ってきた。私は中小企業を元気にする仕事がしたいと思い入社を合意したが本当にそういう仕事を入社後させてもらえるのか、を聞いた。

答えは「わからない」だった。

今考えるとこの人事部長の回答は正しくてこの規模の組織ならどこでどう人が必要になるかわからない、その中で適切な人を選ぶ必要があり、新卒の要望に沿った枠なんて約束できないし、求めるべきモノでもない。

内定を辞退する前に索道なんて面白い話をしてくれて今でもあの時の人事部長には感謝している。

その彼も結局NECに変えた。私も変えなければと思った。もう一度就職活動のやり直しだ。

内定拘束日の後ではあったが、内定をもらうことは難しいことではなかったしかし、私としては内定がゴールではなく、その先本当に中小企業の仕事をさせてくれるのか、が重要だった。

人事部長が内定を出したら、そのあとで人事権がある人と話をしたいと伝えるようになった。そしてある会社でその願いが通り、専務と会うことができた。

専務と会食する機会を得た。行ったのは丸の内のオフィス近所の居酒屋だった。多分人事部も説明に困り、飲みたいというように話を変えたのかもしれない。

そこで話をした。新卒で採用したら中小企業の仕事させてもらえますか?と。

そしたら「おおさせてやるよ」
と即答があった。

そしてそれが私の人生を変えた。

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カテゴリー: thinking

作成者: ejtter

Born in Fukushima, working as web analytics consultant since 2000.

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